紗和の視点

作品展の紙ねんどを、金曜までに

しめきりは金曜。作るのは茉央だ。ただし、材料は各ご家庭でご用意ください、とも書いてある。一行のしめきりのなかに、実際には三つの仕事が入っていた。

夜のダイニングテーブルで、紙ねんどをこねて猫の形を作っている小学生の娘と、それを見ている母親、テーブルの下で寝ている猫

 火曜の夜、茉央がランドセルから紙を一枚出した。

 作品展のお知らせだった。十一月の第二週に体育館で開かれて、三年生は立体の作品を出す。テーマは、わたしの好きなもの。

 作品のしめきりは、今週の金曜。

 材料のところを読んだ。紙ねんど二個。空き箱、お菓子の箱くらいの大きさのもの。絵の具。その下に、こう書いてあった。

 材料は各ご家庭でご用意ください。

夜のリビングで作品展のお知らせを差し出す娘と、それを受け取って読み、立ったまま固まる母親の2コマ

 しめきりは金曜だ。作るのは茉央だ。ここまでは、書いてあるとおりだ。

 ただ、金曜に間に合わせるために必要なことを並べると、三つある。

 材料を買う。作る。持っていく。

 このうち、買うのは親の仕事だ。紙ねんどは家にない。空き箱も、ちょうどいい大きさのものがあるかどうか分からない。絵の具は茉央が持っているけれど、中が乾いていないか確かめないといけない。

 そして買い物には、店が開いている時間がいる。平日の夜、仕事から帰って、子どもを風呂に入れて、それから文房具の売り場へ行くのは無理だ。土日なら行けるけれど、しめきりが金曜なのだから、土日を待っていたら間に合わない。

 つまり、いちばん早いしめきりは、金曜ではない。水曜か木曜だ。プリントのどこにも、水曜とは書いていない。

 去年の作品展は、木曜の夜に耕平が車を出して、まだ開いているホームセンターを探しに行った。あのときは、間に合ってよかったね、で終わった。間に合ったので、何が悪かったのかを考えなかった。

 毎年これで走ることになるのは、しめきりを一つだと思っているからだ。一行のしめきりのなかに、三つの仕事が入っている。

 しかも、この三つには担当が書いていない。書いていないものは、気づいた人がやることになる。気づくのは、たいていわたしだ。


 耕平が帰ってきたのは八時前だった。金曜にしめきりがあることは、もう知っていた。

「紙ねんど、明日買ってくる」

「明日、在宅?」

「在宅。昼に行ける」

 三つに分けて、家族のTODOに入れた。

 耕平・紙ねんどと空き箱を買う・水曜まで。紗和・茉央と作る・木曜の夜。茉央・持っていく・金曜の朝。

 茉央のぶんも入れた。入れるよ、と言ったら、自分でやると言ってスマホを持っていった。文字を打つのに三分かかった。

 自分のぶんが一行あるというのは、たぶん悪くない。八歳の名前が、大人と同じ並びに入っている。

夜のダイニングで、母親のスマートフォンを借りて自分の役割を自分で打ちこんでいる娘と、それを待っている父親と母親

 水曜の夜、テーブルの上に紙ねんどが二個と、空き箱が三つ置いてあった。三つあったのは、どれがいいか分からなかったからだと耕平が言った。

 木曜の夜、作った。

 茉央が作ったのは、しらすだった。

 紙ねんどはすぐに固まる。固まる前に形を決めないといけないのに、茉央は耳のところで何度もやり直した。やり直すたびに端が乾いて、ひび割れる。水をつけて、また練る。

「みみが、ちがうの」

「どこが」

「しらすの耳は、もっと、ぴんってしてる」

 本物のしらすは、テーブルの下で寝ていた。耳はぴんとしていなかった。

木曜の夜、紙ねんどで猫を作りながら「みみが、ちがうの」と言う娘と、テーブルの下で耳を寝かせて眠っている本物の猫

 九時半に形が決まって、絵の具は明日の朝でいいことにした。白い紙ねんどに、白い猫。塗るのは頭と尻尾のグレーだけだ。


 金曜の朝、茉央は紙袋を持って出ていった。

 玄関で一度振り向いて、持った、と言った。言われる前に言った。

 TODOの三行目に茉央の手でチェックがついたのは、八時十二分だった。

 残りの二行には、水曜と木曜にチェックがついている。

 三つに分けたから終わったのか、分けなくても終わったのかは、分からない。ただ、今年は誰も、木曜の夜に文房具屋を探さなかった。

この話に出てきた機能

家野家メモ

  • 子どもの提出期限は、そのまま家の期限ではない。買う・作る・持たせるに分けると、いちばん早いしめきりは数日前にある。
  • TODOには担当と期限を必ず付ける。「気づいた人がやる」のままにしておくと、気づく人がいつも同じ人になる。
  • 子どもにも一つ割り当てる。当日持っていくのを本人の仕事にしておくと、朝に親が思い出す必要がなくなる。