茉央の視点

わたしのくつばこ

うわばきは、きんようびにもってかえる。わたしは、それをよくわすれる。わすれようと思っているわけじゃない。ただ、かえりの会がおわると、くつばこのことは、あたまからきえてしまう。

放課後の学校の昇降口で、くつばこの前にひとり立って上履き袋を見ている小学生の女の子

 うわばきは、きんようびにもってかえる。

 そういうきまりになっている。もってかえって、あらって、げつようびにまたもっていく。

 わたしは、それをよくわすれる。

 わすれようと思っているわけじゃない。そこは、ほんと。


 かえりの会がおわると、みんないっせいにたつ。

 ランドセルをせおって、さよならをして、ろうかをあるく。しょうこうぐちまでいくと、そこにくつばこがある。

 くつばこの上のだんに、わたしのうわばきがはいっている。

 でも、そのときに見ているのは、下のだんだ。下のだんに、くつがはいっている。くつをとって、はいて、そのままあるく。

 上のだんは、見ない。

 それに、ゆかちゃんが、まおちゃん、はやく、ってよぶ。ゆかちゃんはいつもさきにでている。

放課後の昇降口で、下の段の靴を取って履き、上の段の上履き袋を見ないまま友だちのほうへ走り出していく小学生の女の子2コマ

 わすれると、げつようびにこまる。

 あらってないうわばきは、しろくない。ねずみいろみたいないろになっている。

 ほかのこは、しろい。みなみちゃんのは、とくにしろい。

 だれかになにかをいわれたことはない。いわれてないけど、わかる。

月曜の教室で、友だちの真っ白な上履きと、自分のくすんだ色の上履きを見くらべている女の子

 こんしゅうのきんようび、わたしはかんがえた。

 かえるときにおもいだそうとするのは、むりだ。かえるときは、もういそいでいるから。

 だから、朝にすることにした。

 朝、くつをぬいで、うわばきをはく。そのとき、うわばきぶくろを、くつばこのなかにしまわないで、ランドセルの中にいれておく。

 そしたら、かえるときに、ぶくろをさがさなくていい。さがすのをわすれない。もう、もってるから。

 わたしはこれを、自分でかんがえた。ままには、あとでいった。

「それ、いいね」とままはいった。

「でも、ぶくろがランドセルに入ってたら、教科書が入らないんじゃない?」

「はいる。からっぽだし、ぺちゃんこになるし」

 ままは、そっか、といった。


 きょうは、きんようびだった。

 かえりの会がおわって、ゆかちゃんが、まおちゃん、はやく、っていった。

 わたしは、はやくいった。

 しょうこうぐちで、上のだんは見なかった。見なくてもよかった。うわばきは、わたしのせなかにあった。

 いえについて、ランドセルをあけたら、ぶくろがプリントをななめにしていた。

 プリントは、ままがのばして、しゃしんをとった。

「忘れなかったね」

「うん」

「ままは小学生のとき、二週間忘れてたことがあるよ」

 にしゅうかん。

 わたしは、いちばんながくていっしゅうかんだ。

金曜の夕方、ランドセルから上履き袋を取り出して見せる娘と、「忘れなかったね」と笑っている母親

 あしたは、あらったうわばきが、べらんだにほされているとおもう。

 しろいうわばきは、ちょっと、きもちがいい。

家野家メモ

  • 子どもの忘れ物は、思い出す順番の問題であることが多い。帰る直前に思い出すのではなく、朝のうちに手を打っておく。
  • 「忘れないでね」より、忘れても目に入る位置に物を移すほうが効く。視界に入れば、思い出す必要がなくなる。
  • 子どもが自分で考えた方法は、多少遠回りでもそのままやらせる。自分で決めたやり方は、続く。