紗和の視点

代休の月曜日は、給食がない

月曜が代休だということは、家族全員が知っていた。知らなかったのは、その日に給食がないことと、耕平が出社日だということだった。学校からもらった予定表に書いてあったのは、「代休」の二文字だけだった。

平日の昼間、静かなダイニングでひとり焼きそばを食べている小学生の娘と、その足元に座る猫

 日曜の夜まで、わたしは翌日のことを何も考えていなかった。

 運動会が終わったのが金曜で、土曜は家じゅうが昼まで眠っていた。日曜はシーツを洗って、砂の入ったスニーカーをベランダで洗って、それで一日が終わった。明日からようやく、ふつうの週が戻ってくる。そう思っていた。

 風呂から出てきた耕平が、髪を拭きながら言った。

「明日、俺、出社だ」

 洗濯物をたたむ手が止まった。

「明日って、月曜」

「そう」

 月曜は代休だった。金曜に運動会をやったぶん、学校が休みになる。耕平が金曜の夜にそう言って、わたしは、知ってる、と答えている。

 知っていた。知っていたのに、そこから先を一つも考えていなかった。

 茉央は家にいる。朔の保育園は暦どおりだから、ふつうにある。わたしは十時から会議が入っている。耕平は出社日。

 そして、給食がない。

日曜の夜、髪を拭きながら「明日、俺、出社だ」と言う父親と、洗濯物をたたむ手を止めて振り返る母親の2コマ

 学校からもらった年間予定表には、その日のところに「代休」と二文字だけ書いてある。

 二文字で足りているように見える。休みなのだから、何もない日のように見える。でも実際に休みになるのは、学校だけだ。

 会社は動いている。保育園も開いている。その上で、家に小学三年生が一人、朝から夕方までいる。昼ごはんは、誰かが用意しないと出てこない。

 ふだんの平日、わたしは昼ごはんのことを一度も考えない。給食があるからだ。給食がある日が半年も続くと、給食がない日のことを思い出すきっかけが、どこにもなくなる。

 代休という二文字のうしろには、本当は三つの決めごとが隠れている。誰が家にいるか。朔をどうするか。昼に何を食べるか。予定表はそこまで書いてくれない。書く義理もない。学校にとっては、たしかに休みなのだから。

 去年の代休がどうだったかを思い出そうとして、思い出せなかった。たぶん、わたしが休みを取ったのだと思う。取ったことすら覚えていないということは、そのとき何も残さなかった、ということだ。


 耕平がノートパソコンを開いて、自分の予定を見た。

「午前は打ち合わせが一本だけだ。これはオンラインでいける。午後の二本は先方が来るから、会社じゃないと無理だな」

「じゃあ、午前は家にいられる」

「いられる。十二時半に出れば間に合う」

 わたしの会議は十時から十一時半。そのあとは動ける日だった。

「わたしが午後に半休を入れる。一時には帰れると思う」

「入れ違いになるよ。俺が十二時半に出るから」

 三十分だけ、茉央が一人になる。

 茉央は八歳で、まだ鍵を持たせていない。家にいるだけなら、三十分はたぶん大丈夫だ。大丈夫だ、と声に出して確かめたくなる程度には、大丈夫だ。

「昼は前の晩に作っておく」とわたしは言った。「温めるだけにしておけば」

「それなら、俺が食べさせてから出るよ。皿は流しに置いといてもらえばいい」

 朔の送りは耕平、迎えはわたし。それも、その場で決まった。

 ダイニングの向こうで、朔がしらすの尻尾を追いかけて転んだ。泣くかと思ったら、自分で起き上がって、また追いかけていった。


 決まったところで、耕平がスマホを出した。

 家族カレンダーの月曜に、予定を入れていく。ひとつの予定にまとめて書くのではなく、一件ずつ分けて入れる。

 耕平・午前在宅、十二時半に出社。紗和・十時から会議、午後半休。茉央・家。朔・保育園、送りは耕平、迎えは紗和。昼ごはん・焼きそば、冷蔵庫の下の段。

 書き終わって、耕平が画面をこちらに向けた。月曜の欄が、六行になっていた。

「多くない?」

「多いよ。でも、多いのが本当の月曜だ」

 運動会の前の週にも、同じことをした。あのときは行事だったから、書き出すのが当然のように思えた。代休の月曜は、ただの平日の顔をしている。ただの平日の顔をしているから、誰も書かない。書かないまま当日になって、朝の七時に、どうするんだっけ、が始まる。


 月曜の昼のことは、あとから茉央に聞いた。

 耕平が焼きそばを温めて、二人で食べて、皿を流しに置いて、上着を着て出ていった。行ってきます、と言ったら、いってらっしゃい、と返したらしい。

平日の昼、上着を着て「行ってきます」と玄関へ向かう父親と、「いってらっしゃい」と見送ってひとりダイニングに残る娘の2コマ

 わたしが帰ったのは、一時十分だった。玄関を開けたら、茉央がテレビの前に座っていて、振り向いて、おかえり、と言った。

「ドアが鳴っても出ないでね、って言われたけど、鳴らなかった」

「うん」

「ぜんぜん、鳴らなかった」

 少し残念そうだった。

 流しを見たら、皿が洗って伏せてあった。誰が洗ったのと聞いたら、自分で、と言った。

帰宅した母親に「今日、ひまだった」と話す娘と、流しに一枚だけ洗って伏せられた皿

 その夜、スマホに学校からのメールが届いた。運動会の写真販売のお知らせで、閲覧用のIDとパスワードが書いてある。あとで見よう、と思って、わたしはそれを閉じた。

この話に出てきた機能

家野家メモ

  • 代休や短縮授業は「学校が休みになる日」であって、家が休みになる日ではない。預け先・昼ごはん・その日の親の働き方を、別々の予定として書き出す。
  • 予定は一件にまとめず、人ごと・用件ごとに分けて入れる。一行にまとめると、当日それを読めるのは書いた本人だけになる。
  • 年間予定表をもらった日に、代休と短縮授業の日だけ先に印をつけておく。数か月先の平日は、そのままでは誰の目にも入らない。