紗和の視点

運動会の写真は、二週間で消える

木曜の夜、クラスのLINEに「写真、明日までですよね?」と流れてきた。運動会の写真販売のメールは、二週間前に届いていた。届いた日にいちばん読む気がしなくて、そのあと一度も上に出てこないものが、この世にはある。

夜のダイニングで、並んで座ってスマートフォンの運動会の写真を選んでいる夫婦と、テーブルの上で丸くなる猫

 木曜の夜、九時を過ぎたころに、クラスのLINEが鳴った。

 戸倉さんだった。運動会の写真、明日までですよね、まだ見てないんですけど、と書いてある。

 すぐに、そうですそうです、というスタンプがいくつか続いた。教えてくれて助かりました、という返信も二つ、三つ。

 わたしは脱衣所で洗濯機を回しながらそれを読んで、少しのあいだ、何の話か分からなかった。

 分かったとき、受信箱をさかのぼった。

 あった。九月二十八日。運動会の写真販売のお知らせ。閲覧用のIDとパスワード。掲載期間は、十月十日まで。

 代休の日の夜に届いて、わたしは、あとで見よう、と思って閉じた。あとで、がちょうど今日になっていた。

夜の脱衣所で洗濯機の前に立ち、クラスのLINEを見て思わず顔を上げた母親

 メールは二週間、受信箱にあった。

 消えたわけではない。一度も上には出てこなかっただけだ。その二週間のあいだに、学校から二通、園から四通、スイミングから一通、それから仕事のメールが何百通か、その上に積もった。

 冷蔵庫の横のコルクボードと、構造は同じだった。新しいものが上に来て、古いものが下に沈む。紙が沈むのは重なるからで、メールが沈むのは新しい順に並ぶからだ。理由は違うのに、結果はまったく同じになる。

 しかも写真販売には、たちの悪いところがある。届いた日に、いちばん見る気がしない。運動会の翌週は、一年でいちばん疲れている週だ。そして期限の日に、いちばん見たくなる。その日に思い出す方法が、どこにもない。

 届いた日と、必要な日が離れている。離れているものは、置いておくだけでは届かない。


 金曜の夜、夕食のあとに、二人で開いた。

 三年生のフォルダだけで三百枚近くあった。入場、徒競走、演技、待機の列。同じような写真が何枚も並んでいて、そのなかから茉央を探す。

「この列の、左から三人目」

「どれだ」

「これ。帽子のひもが結べてないのが茉央」

 耕平が笑った。笑ってから、あ、と言って画面を止めた。

「これ、俺が写ってる」

「後ろ姿だけどね」

「後ろ姿だけど、俺だ」

夜のダイニングで並んでスマートフォンを覗きこみ、「これ、俺が写ってる」「後ろ姿だけどね」と話す夫婦の2コマ

 園の写真は別のサイトで、別のIDとパスワードがいる。そちらはまだ先だけれど、どうせ同じことになる。去年も、一日前に気づいて、夜中に選んだ。

 結局、二十一枚選んで、十一時前に注文した。


 注文して、それで終わりにしなかった。

 園の写真販売は、去年は十一月の頭に来た。来たら、また同じことになる。

 いえのーとを開いて、リマインダーを二つ置いた。ひとつは園の販売が始まるころに、もうひとつは、来年の運動会のあとに。

「何日前にする」と耕平が聞いた。

「二日前。一日前だと、今日みたいになる」

「時間は」

「八時。子どもが風呂に入ってるとき」

 朝に鳴っても、手がふさがっていて何もできない。夕方に鳴っても同じだ。鳴ったときに手が空いていない通知は、消すためにしか見ない。

写真を選び終えた夜、スマートフォンに来年の分の通知を登録する母親と、隣であくびをする父親

 寝る前に、去年の写真フォルダを開いてみた。

 去年の運動会の写真は、全部わたしが撮ったものだった。茉央と、朔と、ときどき耕平。四人で写っているものは、一枚もない。

 今年は、買った二十一枚のなかに、耕平の後ろ姿が三枚ある。それでも、四人はない。

 リビングに戻ったら、茉央がランドセルを開けて、二つ折りの紙を探していた。

「らいしゅう、えんそくだよ」

この話に出てきた機能

家野家メモ

  • 期限のあるお知らせは、届いた日に「何日前に思い出したいか」を決めて通知を置く。読むのは期限の直前で、届いた日ではない。
  • 通知の時刻は、手が空いている時間に合わせる。通勤中や夕食の支度中に鳴っても、その場では何もできない。
  • 写真販売やアンケートのように毎年同じ時期に来るものは、今年の期限から逆算して来年ぶんもその場で置いておく。